話のメインは「EIGHTH」ですが、新シリーズ開始ということでみっちり語って行きたいので話を広げて広げて広げるぜー。
「決断主義」って言葉も微妙に定義がハッキリしないというか境界のラインが良くわかりませんが(従って定義論には踏み込みません)、「わかりやすい決断主義」に対置させるにはいい作品だろう、という云い方ならそう外してはいないと思います。
ということで。
まず「決断主義」とは何ぞや、というか「わかりやすい決断主義」に該当する作品とは何ぞや、という話ですが、「デスノート」「ワンピース」「Fate/stay night」あたりを念頭に置いています。
「主人公が『信念の人』で、法や常識より『信念』が遥かに優先し、迷いがない」ような作品、あるいは態度、ですね。
そういう態度はツボにはまれば「旧体制を破壊する改革者」だったり「悪党の支配を打ち砕く正義の味方」になる一方で、ネガティブに作用すると「自分の一存で他人/世界を判断する傲慢」とか「意のままにならないものを排除する不寛容」という面が出てくることになります。
良い悪いの問題ではなく、同じ態度の表と裏だよ、と。
に対して「EIGHTH」ですが。
(というか前作「機工魔術士」でも同様なのですが)
1巻1話冒頭、アバンタイトル風のやり取りがあり、そして単行本書き下ろしで回想/説明シーンが6ページ加筆されています。
そこから3ページ曳きます。


機工魔術士を読んでいるとこの時点で「またあのテーマだーw」とテンション上がってくるところなんですが、判りますかね?
「これから先は神様が決めるってんじゃないならそりゃあね ……ナオヤ お前も自分で決めろ」
これです。
……いま書いてみるまで意識してなかったんだけど、フレーズだけだと直球で決断主義ですねw
自分で驚いた。
「自分で決めろ」が何で「反決断主義」になっちゃうか。
例えば次の場面(別の研究所で意に沿わない研究に従事させられている少女を連れ出しに来たが、警備に見つかった、という状況)、再び3ページ分。



「本人にちゃんと決めさせろ!」
これですね。
ナオヤは(あるいは「河内和泉作品の主人公は」)、必ずしも彼自身の正義を振りかざさない。
彼自身の是とする「正義」がある一方で他にも「正義」たり得る幾つかの選択肢が並立する状況で、「自分が守るべき『正義』はこれでよかったのか?」を常に問い/問われることになる。
当然悩むし、しかし悩んだからといってそもそも「正しい答え」は最初からない。
(上記の場面では新連載第一回ということで「ナオヤの正義」と「読者(≒社会通念上)の正義」が近くて判り易いですが、「厳しい判断」を強いられる場面がこの先山ほど控えているのは想像に難くない)
これがなんというか人間くさいというか泥臭いというか、凄くいいのです。
決断主義との比較では「他がどうあれ俺は俺の正義を通す」のではなく「俺の正義は俺の正義として、ではあなたの正義はなんですか」という態度であり、これはほとんど真逆、ということです。
(余談ですが上の3ページも下の3ページも第一話掲載分です。ストーリー的に飛んでいるように見えると思いますが初回は100ページ以上あったので問題はありませんw)
えーっと、ここまでの流れで全く触れていませんが、綺麗なお姉さん山盛りです。
本編ではカッコいいナオヤが日常パートではお姉さんたちに良いようにあしらわれている、という点は「ナオヤを『正義の代弁者』にしない」一つの仕組みではあろうかと思いますが、細かいこと抜きにして綺麗なお姉さんは良いものですね。
■補足
テンション高く褒めていますが1巻はまだ顔見せ程度ですよ。本領発揮はまだ先です。
(俺からの)期待値も評価もそれだけ高い、ということだと理解してください。
著者/訳者:河内 和泉
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コミック ( ページ )
ISBN-10 : 4757527802
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