- Twitter / きっこ: 「白票を投じる」ということは無駄な行為ではありません …
- http://twitter.com/kikko_no_blog/status/18226447113
- 例えばこれなど。
「白票でもいいから投票に行け」みたいな主張が善意でなされる場合がありますが、端的に駄目です。
駄目というのは倫理の話ではなく、「票を入れたい候補がいないから白票を入れて抗議する、という意図とは全く逆方向に理解されるから、本来の目的が達成されない」という話。
より端的には、何かへの抗議ではなく、積極的な結果への追認として理解されるということです。
以下、例。
候補者が2人(A/B)いて、有権者11人(過半数6票)の選挙を想定します。
1) Aが11票、Bが0票だと、投票率100%、得票率で100:00でAさんが当選
2) Aが6票、Bが5票だと、投票率100%、得票率で54:45でAさんが当選
3) Aが1票、Bが0票、棄権10だと、投票率9%、得票率で100:0でAさんが当選
4) Aが1票、Bが0票、白票10だと、投票率100%、得票率で100:0でAさんが当選
一般的に、「投票率」が取り沙汰されることは多いが「有効投票率」が取り沙汰されることは少ない、ということも付言しておきます。
結果を見てわかるかと思いますが、「候補者への抗議を行い、選挙の正当性自体を疑わしめる」という効果があるのは棄権です。白票は、投票結果に対しての無条件の追認、としての性質が強い。
(上記「3」だったら「投票率1桁じゃねえか、そんなの無効だ」と云えるかも知れませんが、「4」は、「民意を完璧に反映した選挙」と云わざるを得ませんよね?)
白票を入れようと思うまでには色々な経緯があったんでしょう、そこは理解します。
理解しますが、白票は何も語ってくれません。
「どの候補者もクソだから抗議の意味で白票」
「どの候補者も素晴らしいから誰に任せても安心、だから白票」
あなたの手元を離れた白票にその区別はないし、集計としても政治的にも顧みられることはありません。
そのように扱われることがあなたの意図した結果ですか? という話です。
白票で抗議した気になるのは、次の記事の話と似ています。
- ポール・グレアム「時間とお金をなくすには」 – らいおんの隠れ家
- http://d.hatena.ne.jp/lionfan/20100707%231278512365
投票をしなければ「政治への判断を放棄した」といった意識は持てるでしょう。
白票を入れて抗議をした気になり、結果として意に沿わない状況を温存してしまっては、「自らの態度を省みる機会がない分、状況はより悪い」と云わざるを得ません。
以上。
■2011/04/10追記
これ書いた翌日に河野太郎氏が全く同じようなことを云っていて、リンク貼ろうと思ったまま綺麗サッパリ忘れていました。
俺が云っても納得できない権威主義の人は、このリンク先へでも行くがいいよw




その世代の投票率が上がるだけでも意味があると思いますが。。
白票だろうと、投票率100%で当選したなら、民意を100%反映してるってことでいいんじゃないの?それがダメだって言ってるように聞こえるけど、何でだっけ?
「棄権するより白票という形で抗議することを勧めてる人がいますけど、それは逆効果です」と言ってるのでは? ダメだと言っているのは白票で抗議するという手法であって、白票だらけなのに当選するのはダメだとはこの記事では言っていないようです。
個人的には「投票すべき候補がいない」という意見が可視化されない投票システムにも問題があるかとは思いますが、この記事のポイントはそこではないでしょう。
選挙管理委員会は無効票数を発表してるし、それと照らし合わせればいいだけの話で、白票を投じても意思表示にはなるように思えますが。
照らし合せればわかるのかもしれませんが、誰にでも見える形になってない「意思表示」は、意思表示の手段としてはずいぶんお粗末だし、効果も意味もほとんどなさそうです。
確かに、現在のマスコミの報道から抜け落ちてる点かもしれないですね。>無効票率報道
ただ、意思表示としては確かにお粗末で意味もほとんどないかもしれませんが、意思がない人が投票所に行くという一点のみにおいては「白票でもいいから」と説得することに意味はあると思います。
だって、実際の話、政治に興味のない人間に「ちゃんと誰か選べ」と敷居を上げるようなことを言って、その人が選挙に行くと思いますか??
その点について、白票反対論者は全く触れてない。理想は白票じゃない方がいいのは当然です。
『ちゃんと誰か選べ』が敷居が高い、なんてことを選挙権持った大人が恥ずかしげもなく口にできてそれを肯定しちゃうなんでどこまで甘ったれの屑なんだよ、と思うけどそれ言ったら議論が終わっちゃうから言わない。
真面目に考えるから悪いんで、投票所でテレビで知ってる候補と嫌いな候補除いて「かみさまのいうとおり」でいいんだよ、って勧め方どうかな。これなら統計上どこかに有利になることもない。それが厭なら次までに勉強しろ、って話で。
ブログ主氏のご意見に同意します。その上で更に一つ私見をば。
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1) Aが11票、Bが0票だと、投票率100%、得票率で100:00でAさんが当選
2) Aが6票、Bが5票だと、投票率100%、得票率で54:45でAさんが当選
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ブログ主氏が選挙について想定された項目のうちのこの二つ。
2)でBに投票した人は完全に無駄足でした。せっかくの休みなのにわざわざご苦労なことです。
いや単に無駄なだけならともかく、Bの支持者は投票率を上げることで結局自らの首を絞めるハメにもなってしまいました。これはどういうことなのか。
11対0だろうが6対5だろうが勝ちは勝ち。民主主義ってそういうもんです。
Bへの反対票も実質的には白票と何ら変わるところはないのです。
つまり少数派に属する限りは自らの意思表示は無条件で「積極的な結果への追認」と見なされ、結果的に自分が支持しない多数派への賛意に化けてしまうのです。
ここに民主主義の欺瞞が、少数意見を合法的に抹殺するシステムとしての本性が隠されています。
>11対0だろうが6対5だろうが勝ちは勝ち。民主主義ってそういうもんです。
>Bへの反対票も実質的には白票と何ら変わるところはないのです。
いやいやいや。変わりますよ。
選挙の結果が1)の場合は全面的に支持されているので、議員になったAは
思い通りの政策を実行できますが、
選挙の結果が2)のようなギリギリの勝利の場合には、AはBの支持者にある程度配慮した
政策をとらねばなりません。そうしないと次の選挙でBに敗北する可能性がでてくるからです。
多数決で負けた側の意見もある程度は反映されるわけです。
ブログ主氏の意見には同意します。
まあ白票を投じるぐらいなら絶対当選しそうにない弱小候補にでも投票したほうがいいでしょう。
有効投票率が下がるよりも、弱小候補が躍進したほうが批判票としてはわかりやすいですし。
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選挙の結果が2)のようなギリギリの勝利の場合には、AはBの支持者にある程度配慮した
政策をとらねばなりません
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すでにその場から抹殺されてしまったBさんにAさんが、気まぐれやお情け以外の理由で「配慮」するなんてことがあり得るのでしょうか?
Aさんが配慮するのは「Bさん」ではなく、「Bさんの支持者」ですよ。
要はBから票をもぎ取るための新しい方針が必要ってことです。
でも実際にはそんな「配慮」がなされる事はまずないですよね。
Bさんの支持者というセグメントが見えていたら「配慮」はやりやすいでしょうね。Bさんの地元に高速道路を通す、図書館を建てる、下水工事をする、等々。相手の支持基盤を揺るがすためによくある話です。
しかし、白票や棄権相手にはそういう要望の絞り込みはできない。だから、白票や棄権層への「配慮」は後回しな上に、資源を集中できないので薄く広くになりがち。
そういうわけで白票、棄権票を投じる人に対しては政治はとことん薄情にならざるを得ないし、寝返った元B支持層と元々のA支持層は白票・棄権層からも集めた税収で「配慮」を受け、ますます得をします。
というか、棄権も白票もダメ。
自分の考えが誰に近いかを調べて投票するくらいの気持ちがなきゃ。
どっちも言い訳にしか聞こえない。
>「棄権も白票もダメ」
それは当然なんだけど、「今の政治家は誰も信用できない」「よくわからないから選挙行かない」「ちゃんとした候補を選ぶ自信がないから棄権」「ちゃんと考えて投票する人が増えたらウチの党は勝ち目がないからいっそこないで欲しい」って人たちがいて、そういう人たちに言い訳を与える意味で「白票」って都合がいいんだよ。
このブログの人の結論の通りだと思う。
私の周りでは「どの候補もクソ」だと思うときには白票投票より絶対当選しないような泡沫候補
(共産系とか又吉イエスとか)に投票する人のほうが多いんですが、
その手の投票行為をどう思うかブログ主さんの意見を聞いてみたいです。
ブログ主じゃないけどそれすごくいいと思う。
だって、ネタ候補の得票が増え始めたら、候補どころか支持者まで危機感と言うより恐怖感に駆られてまじめに政治に取り組むんじゃなかろうか。白票やら棄権が増えるよりずっと。
管理人です。
聞かれたから答えます。
本来、他人の投票態度に口を出す気は基本的にないです。(白票を含め)
ただ、「白票が抗議になる、と思っている人が居るのであれば、その認識は正すべき」ということです。(本文中にも書きましたが、単純に誤っているので)
で、泡沫候補への投票ですが、「そうするべき」とは云いませんが、他が嫌ならそうなるのは仕方ないですよね。
棄権や白票よりはずっとマシだ、とは思います。
(そういう状態で「ベストの投票」が難しいのは間違いないし、私も結論は出しかねます)
お疲れ様です。
「ベストの投票」ができないから白票、ってのも多いかもしれませんね。
みんな完璧主義すぎ。
すが まさひと様
質問者です。
お答えいただき、ありがとうございました。
「候補者の顔ぶれに不満があるから抗議の意志を示す」という考え方そのものがナンセンスだと思います。
「投票率」(あるいは「有効投票率」でも構いませんが)が低いからといって、正当に行なわれた選挙の結果は覆りませんし、後ろめたく思う当選者もまず居ないでしょから。
時には当選者の「有権者による信任」の度合いについて論じられることはありますが、その場合に取り沙汰されるのは「絶対得票率(得票数÷有権者数)」であり、これは「棄権」も「白票」も等しく無関係な数字です。
一方、当選して首尾良く公職に就いた人たちは、すぐに次の選挙で当選することを考え始めます。
彼らは有権者を区別し、いずれを重視して活動すべきか序列をつけることでしょう。
おおまかには以下のような順になると考えられます。
1.自分を支持してくれる団体の構成員
2.投票をした者
3.投票をしなかった者
「投票をしなかった者」の数は投票所単位で男女の別まで詳細に把握することが可能です。
一方、「投票をした者」の内「無効票を投じた者」の数は自治体毎で大雑把にしか把握することはできませんから、選挙戦術上は概ね「投票をした者」として扱わざるを得ません。
投票を「棄権」するということは、自分の将来に不利益をもたらす情報を無防備に晒しているのと同義であると考えますが、如何でしょうか?
それでも貴方は「白票は 棄権するより なお悪い」と主張なさいますか?
p.s.
全国で選挙事務にあたる公務員の皆様の中には、投票率が低いことを嬉しく思う方が少なからずいらっしゃいます。
1ヵ所で4000近い有権者数を割り当てられている投票所も在ったりするので、もし全員が投票に来られると捌ききれないというのが本音です。
逆に云うと、低投票率を見込んでそのような投票所が設けられている訳ですから、有権者も舐められたものです。
ちなみに投票用紙も初めから全員分は用意されていませんでしたね。
万が一足りなくなったときには選管から届けに来る手はずですが、もちろんそんなことは一度もありませんでした。
・お前に読解力がないことは認識した
・読解力のない奴に付き合うほど暇じゃない
棄権より白票を、って人たちが主張するメリットって「白票か棄権か」じゃなくて「投票か棄権か」で生じる問題であって、本来白票は関係ない。
で、投票結果として白票も棄権も同じだけど、結果として組織票と与党を利するので、現状に不満を持っている人に薦めるのは明らかに間違ってる。
この2つの問題を混同させて「棄権より白票を」って言ってる人って、要するに浮動票を無効票として殺したい嘘吐き野郎なんだよ。
と暇人は思うんです。
今回の選挙当日の午前に、このTweetではなく、別の
立候補者が「白票でもいいから投票してください」ってTweetしているのを見かけた。
https://twitter.com/AkiHatsushika/status/18247107114
これは「あなたの権利を放棄してください」と同義じゃないでしょうか。
例えば一定のコミュ、あるいはカテゴリー内でこのような働きかけを起こしたら、ある層の支持する候補者への妨害になり得るよね。それを立候補者や支持者がやっててんだよ、酷くね?
そしてこれを改変RTする輩も出てきた。
投票は自分の利益にも反映し得る重要な権利だよ。大切に行使しなければだよ。
白票を投じるやつは何で選挙してるのか理解しているのか。
我々の社会の運営を行う人間、すなわち政治家が必要だから選挙をやってるんだろう。
誰も相応しくない?
なら誰が政治をやるんだと。
立候補もしないような指導者としての意思が欠けたどこかの誰かの方が、指導者たらんと立候補した者より期待できるのか?
理想の指導者なんていやしない。
今居る中で最善と思う奴を選べ。
でなきゃ自分で立候補しろ。
僕の場合白票は“抗議”の意味では無く“新しい候補者へのメッセージ”です。
今は白票を投じる人が少ないですけど、もっと増えてくれば新たに政治を志す人の勇気につながると思います。